
そこには古い蔵を改装し、素敵なテラス席を設けた、レストランがあった。
グリーンで覆われた屋根は緩やかに日の光を遮り、心地よい風があたりを吹き抜けていた。

ここで、あまりお腹も空いていなかった私は「カレーライス」を注文する。
我ながら無難すぎるオーダーだと思うが、これからの旅の途中でカレーライスを食する機会がなさそうなので、大好きなものをとりあえず押さえておくことにした。
一方、妻Mはしばしの間、難しそうな顔でメニューとにらめっこしていた。
どうやら、私と同じく、大してお腹が空いてないようだった。
けれど、小腹を満たしてくれる軽食のようなものがメニューに見あたらない、そんな雰囲気を醸し出していた。

ほどなくして、妻Mは、意を決したようにメニューをパタンとテーブルに置き、オーダーをとりにきた店員さんに、こう言い放った。
「伊吹ハム」
ハム?ハムだけですか!?
ざわわ ざわわ と店員さんの心に呼応するかのように、周囲の葉っぱたちが揺れた。
ハルさんの大きな耳はピクッと動いていた。
「ハム食べるんやったら、ビールでも飲めば?」
ざわつく木の葉たちを鎮めようと、私は思わず口走っていた。
ハムだけ食べるなんて、あの時は非常識な気がしたのだけれど、今から思えば、周到な罠に誘い込まれていたような気がする。
いや、きっとそうに違いない。
「えー、そう?夫がそう言うなら飲もうかなー。メニューに地ビールって書いてあるし」
いつの間にか、妻Mの手には再びメニューが広げられていた。
どこからか、舌なめずりをする音が聞こえたような気がした。
けれど、不思議と、敗北感や失望感は湧いてこなかった。
車で出かけた際に、ついついお酒を飲んでしまう機会は私のほうが圧倒的に多いのだ。
そんなとき、妻Mはたいていの場合、運転を代わってくれる。
だからこそ、自発的にお酒が飲みたくなった折角の機会には、是非とも望みを叶えてあげてやりたいものだ。

ビール・・・・・・。
そんな殊勝な思いは、眼前に置かれた旨そうなビールの姿を目にした途端、どこかへ消えていったが、残り少ない理性がビールグラスを握ろうとする手を押し留めた。
3泊4日の犬連れ旅行のはずが、まだ初日の宿泊地にも到着しないうちにリタイア・・・
なんてことになったら、あまりにも情けない。
恥ずかしくて町を歩くことすらできない。

こうして、私は黙々とカレーライスを食べ、妻Mは悠然とビールを飲んでいた。
けれど、もはや只の「アテ」と化した伊吹ハムが思いのほか美味しかった(←1枚もらった)。
素朴な味わいだけれど、肉が本来持つ旨みを感じられる、そんな至極の一品だった。
そんな中、テーブルの下でお利口そうに(見せかけは重要だ)フセているハルさんの姿を見とめて、レストランを出入りする人たちは暖かい視線を送ってくれた。
犬の姿が珍しいからなのか、興味津々な人たちが多かった。
中には、近づいて撫でてくれる人もいた。
特に、二人連れの奥様―ずがそれはもう熱心にハルさんを可愛がってくれた。
名前を聞かれたので「ハルです」と答えると、
「ハルちゃーーん!」
と名前を連呼して撫で繰り回していただいた。
ハルさんも奥様―ずが大好きらしく、熱心に愛想を振りまいていた。
けれど、どうも奥様―ずのテンションが高すぎる、私はそんな違和感を覚えた。
最近、めっきりと人好きになったハルさんのテンションも、奥様の熱心な可愛がりっぷりにやや押され気味な様子であった。

しかし、その違和感の正体は結局分からないまま、奥様―ずはハルさんに手を振り振り去っていった。
程なくして食事を終えた私たち、ほろ酔いの妻Mと、撫でられまくってやや毛並みが乱れたハルさんと、素面の私(Y)も、共に店を出た。
すると、そこに団体旅行の一団とおぼしきおっちゃん達が近づいてきた。
「こんなところに犬がおるとー」
「おうおう、ほんとやー」
今ではあまり聞かれなくなったヒロシの言葉遣いとそっくりのおっちゃん達だった。
恐らく、九州から遠路遥々来たのだろう。
ハルさんは四方八方から伸ばされるおっちゃん達の手にひるむことなく飛び込み、愛想を振りまいていた。

「かわいいとー」
「ほんにー」
本当にこんな言葉遣いだったのか全く自信はないけれど、おっちゃん達もみんなハルさんを可愛がって撫でてくれた。
それにしても・・・・・・、見た目には九州男児ですたい!的でシャイそうな感じなのに、ハルさんに対する撫で回し方に迷いがない。

ふと、顔を見上げると、おっちゃん達の顔はみんな赤らんでいた。
隣には、赤らんだ顔をした妻Mがハルさんのリードを持っていた。
どうやら、この場で素面なのはハルさんと私だけのようであった。
おっちゃん達もどこかで昼間から引っ掛けてきたのだろう。
九州男児だからか。
いや、それではハルさんのリードを握っている某Mさんだって九州男児ということになる。
結婚してもう長いこと経つのに、今更そんなサプライズは欲しくない。
そうすると、レトロモダンを装う町並みが人々を惑わすということだろうか。
もしかしたら、長浜という町には人を(字面どおりの意味で)酔わせる魅力があるのかもしれない。

ふと辺りを見回すと、酒屋さんが目に入った。
一人だけ(この際ハルさんはカウントせず)素面なのも悔しいので、おっちゃん達と別れてから、地酒のワンカップを購入する。

そして、これを契機に、今回の旅行では行く先々で地酒のワンカップを購入することに決めた。
何らかのテーマがあると、旅に彩りが加えられる、そんな気がする・・・・・・。
そう思い、町を出ようとしたところ、街角にあるカフェから大きな声が飛んできた。
「ハルちゃーーーん!!」
声の主は、もちろん、先ほどの奥様―ずだった。
そして、再び奥様―ずの声を聞いた途端、心の奥にわだかまっていた違和感が、すうっと消えてなくなるのを感じた。
そう、奥様―ずのテンションは九州男子―ずのハイテンションと全く同じ種類のものだったのだ。
恐るべし長浜。
そこは、人を酔わせる町。

****************************************
たびいぬ長浜編はこれにて終了です。
次なる目的地が気になる方はこちらをクリックお願いします。

そして町に漂う酒気でちょっと酔ってしまった(ほんとか?)ハルさんにも応援クリックを。

素晴らしい!!
私も酔いたい!!
でも、私ももっぱら出かけると運転手なので飲めません…。
しかし旅行となると、高速はともかく、都会は運転できない人なので運転変わってやれず、旦那も酒は我慢になるわけで…
そしたら、変わってやれないふがいない自分が酒を飲むわけにも行かず…二人で我慢です(ノω`・、)シクシク…
泊まりの旅行で浴びるほど酒を飲んですごしたい…。
そして、私もハルさんを撫でくりまわしたいです!!
次はいよいよ目的地かしら?気になるわ〜□_ρ(▽`* )ポチッ♪
やはり旅先での酒ははずせませんね♪
私もコーギーを見るとみとれてしまいます。
ほんとかわいいですよね〜♪
地ビールおいしそうですねぇ^^
免許の持たないワタクシはもっぱら旅行は電車なのでガンガン飲みまくります。
コタと一緒のときは父運転なのですが、友人との時のようにアルコールを飲みたいという気にはなれず…これまた無問題。
昭和の香りあふれる長浜、外での食事、美しい妻、可愛い愛犬…これで飲めないなんて…残念ですね。
皆さん結構いけるクチというか、お酒、お好きなもんなのですねぇ〜〜・・・
我が家は二人とも下戸で年に10回飲むか飲まないか(私に至っては恐らく年に6回程度かと)なので、「ううぅ。ビール(涙)」と言う辺りはなかなか感情移入を持って読むことが出来ませんでした・・・(←余りされても嫌ですよね)
お酒・・・一度でいいからたまらなく好きになってみたいものであります。
早く次の○○編を読みたいです〜
読み逃げ魔ごりです、お元気ですか?
楽しそうな旅行記ですねー、少し酔っ払いに押さえているところはありますが、そこはまぁ、楽しみましょうよ。(酒飲みの無茶な言い分)
でも昼間からお酒を引っ掛けて犬連れて観光地を徘徊するなんて想像しただけでも倒れそうなくらい素敵なイベント。
でも迷惑になることが分かったので、余りそういう夢は今後持たないようにしようと思いましたw
実はずっと・・覗き見しております、
わかこといいます!!
ハルさんかわいい〜(#^.^#)
ご夫婦楽しい、で更新が楽しみです^^
ご旅行も楽しそうでいいなぁ。
九州男児はきっと、「かわいかとぉ」と
おっしゃっていたのでは^^
私の地元の言葉ではないですが、かなり、
近いです〜(笑)
そうそう、私、コギが大好きでして・・
あの、短いアンヨで歩く姿は、
悶絶ものですっ(≧m≦)
(変態ですが、)これからどうぞよろしくお願いします!
勝手に色々なブログを応援させていただいています。
応援ポチッ。
失礼しました。
私も酔いたい!
いや、酔いたかった!!
旦那さんと一緒に我慢するなんて、karuさんはなんと律儀なことか。
ウチは二人とも合理主義者(←欧米か)なので、飲める者は飲むというスタンスで日々を生き抜いています。
泊まりの旅行は、やっぱりなんといっても、遠慮することなく、浴びるように(←やりすぎ)飲めることですね。
karuさんもほろ酔い旅行(←なんかおかしい)如何ですか?
★sakuraさん
京都や奈良には及びませんが、滋賀も畿内に位置するだけあって、古の繁栄の面影を残すところもあるみたいです。
とはいえ、県内のうち99%は琵琶湖が占めているんですけどね。(滋賀県の皆様ごめんなさい)
★シウスさん
長浜には他に犬がいなかったので、犬好きの方の注目を集めていたようです。
小さい頃は人より犬が好きなハルでしたが、最近めっきり人好きになったので、飼い主としても一安心。
昔は、あまりの愛想のなさにハラハラしたものでした。
地ビール、美味しかったみたいですよ。
飲みたかった・・・・・・。
★nauさん
日本人はお酒を飲めない人のほうが多いみたいですが、このサイトから微かに漂う酒気に惹かれて、酒好きの人が集まっているのでしょうか。
皆さんのコメントが心強い限りです。
nauさんところは二人とも飲まないという統一感があっていいんじゃないでしょうか。
何かと経済的だと思いますし。
ウチは国内外問わずどこへ行っても飲んでばっかりです・・・・・・。
★わかこさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
なるほど「かわいかとぉ」ですか。
確かに、そんな感じだったような。
ブログの内容がいつもいい加減でご迷惑(?)をおかけしております。
ところで、コギ族が大好だなんて嬉しい限りです。
私たちもハルさんを飼う前は散歩中のコギさんの後をストーキングしていたものでした。
フフフフ。
変態度では負けませんよ(←負けてよし)。
★マルコさん
応援ありがとうございます。
ポチッ。(←何を?)