2007年07月27日

玉葱島の戦い−エピローグ−(Y)

どれほどシャワーを浴びても、体内の奥底まで入り込んだ不快な臭いは消えることがなかった。
脱力感が体全体を覆いつつあるのを彼女は自覚する。
やがて、ステンレス製のシャワーは彼女の手から滑り落ち、浴室の床にごとりと落下した。
目標物を失い、死に絶えたように横たわったシャワーヘッドから放たれる水の軌跡をぼんやりと目で追いながら、彼女は自分が騙されていた事実をあらためて噛み締めた。

黒犬―くろくておおきものーは想像以上の大きさと迫力だった。
けれども、思っていたより組みしやすい相手でもあった。

「お前のかあちゃんデベソ」

今どき、幼稚園児でも怒らないであろう古典的な挑発をこっそりと耳元で囁いた途端、黒犬は激高し、力ずくで彼女をねじふせようと突進してきた。
お互いが野生に生きる身であったなら、たちまち黒犬にねじ伏せられたことは想像に難くない。
けれど、彼女は最初から最後まで冷静だった。
黒犬の突進を受けながら、この行為は満員電車でオナラをするのと似ているな、と思わずつぶやいたほど、心は11月の湖のように冴えわたっていた。

冷静な眼

日中の陽気が嘘のように、夜になると雨が降り出していた。
浴室に座り込み、じっと水の流れを見つめていると、シャワーを通って外の雨が浴室内に降りこんでいるような錯覚に見舞われる。

夜に降る雨

シャワーを止め、体をぶるぶると震わせたあと、口角を耳の方向へと引き上げていた透明テープを剥がす。
長時間テープを貼っていたため、頬の周囲には微かな痛みがまとわりついていたが、このテープの効果は抜群だった。
黒犬の飼い主たちもあっという間に彼女のつくり笑顔の虜となった。
誰もが彼女の味方となり、黒犬はずっと拘束され続けていた。

無念のゆめちゃん

残された仕事は、とどめをさすことだけだった。
拘束されたままの黒犬を日なたへとおびき寄せ、挑発し、苛立たせる。
7月の太陽に照らされたうえ、頭に血が上った黒犬は、上昇する体温を制御できず、やがてその動きを止めた。
腹ばいになった黒犬を横目に、彼女はビッグ・ビジネスの準備を始めた。
ただのビッグ・ビジネスではなかった。この瞬間のために、通常の3回分(当社比)を体内に溜め込んでいたのだ。
念入りに足場を固め、全身に力を漲らせて、彼女は溜まりに溜まった排泄物を押し出した。
永遠に伸び続けるかのような勢いで排泄されたものは、やがて地表に到達し、その動きを止めた。
彼女は大地とつながった。

「ハハハハ! 見て、見て! ハルさんのフンチョス、ながいっ!! ほら、地球とつながっとるよ! ハルさんが地球から生えとる!!! ワハハハハ!」

「ウッフフフフ」

この瞬間、矢折れ刀尽き、飼い主の寵愛を奪われたうえに、「笑い」までもっていかれた黒犬の目は、溶鉱炉で溶け出したターミネーターのそれのように、急速に光を失い、やがて消えた。

こうして、失意に見舞われた黒犬は饂飩の国へと帰っていった。
同時に、それは玉葱島が救済されたことを意味した。
黒犬が島を去った途端、小麦粉と‘いりこだし’の芳ばしい匂いが消え去り、玉葱たちが息を吹き返す。
ところが、玉葱が放つ匂いは、彼女に死を連想させるほどの悪臭であった。(注1)
そこに一秒でも留まっていられないほどの強烈な臭いが、いっせいに彼女のほうへと襲い掛かかる。

玉葱たちの弾けるような歓声を後にしながら、彼女はほうほうの体で島を後にした。
命を賭して得たはずの完全なる勝利が、するりと掌から零れ落ちるのを感じる。
玉葱たちは楽園を取り戻した。
ただし、犬が住めない楽園を。(注2)

いつだって勝利者のはずだったのに。
島と本土をつなぐ橋の上で、思わずつぶやいた彼女の目からこぼれ落ちた一筋の涙は、しばらく中空に留り、やがて海峡に消えた。

浴室の中、つま先から見えない尻尾の先まで、体の隅々を震わせる。
毛と毛の間に入り込んだ水気を体の外側へと追いやる。
彼女の体は踊るように舞い、そして跳ねた。
悪夢を追い払うかのように。

その時、鼻腔の隅にひっそりと残っていた小麦粉と‘いりこだし’の匂いが、微かに鼻をついた。
鼻先を震わせた拍子にこぼれ出たその芳醇な香りは、優しく彼女を包み込む。
操り手を失ったマリオネットのようだった体に再び力が漲るのを感じる。
本当に求めるべきものが、何であったのかを、今や彼女ははっきりと自覚していた。
今後、何をすべきか、どこへ向かうべきかについても、彼女には手に取るように分かった。
まるで魔法使いにでもなった気分だった。

開かれた浴室のドアから外に出る。
ドアの向こうではバスタオルが彼女のほうへと向けられていた。
目をつむり、バスタオルに向かって身を投じる。
脳裏に浮かんだのは、うどんの国で饂飩をすする彼女自身の姿だった。
さっきまであれほど不快に感じていた玉葱の臭いは、もうあまり気にならなくなっていた。

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(注1) 玉葱を食べると犬は死にます!

(注2) 淡路島のみなさんごめんなさいよ!!


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ようやく、玉葱島の戦いについて記録を終えることができました。
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posted by 飼い主YとM at 00:17| 兵庫 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | お出かけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ハハハハハ!もう全然わけが分かりません。
今日は何の小説に影響を受けているのでしょうか。
あの日泥んこになったハルさんがシャワーをしてもらったということだけしか分かりません。
ハルさん、いつでも饂飩の国はハルさんを待ってます。
次は必殺「他の犬で目くらまし」作戦、友達犬を大勢引き連れて迎えますよ。
そんな日が来るのを待っています。
私に言えるのは、ハルさんがゆめを尻目に放ったフンチョスが本当に素晴らしいものだったということです。
あんなに長い犬のフンチョスは初めて見ました。
居酒屋で注文した「ロングウィンナー」そっくりでした。
冗談抜きでハルさんが地球とオンラインでした。
そしてもっと衝撃だったのは、真顔で「つくねちゃんのはもっと凄い。回数も多いし、太い。」
「あれがあの桃尻の秘訣に違いないね」と語り合うYさんMさんご夫婦の姿でした。
えりさん、これ読んでくれるといいな。
ところで淡路島から帰ったゆめが、黄色いプーさんのぬいぐるみを
ズタズタに引き裂いて暴れたのは・・・なぜだったのだろう・・・。
Posted by フジウラ at 2007年07月27日 00:34
爆─・゚・(ノ∀´゚)・゚・─笑!!!
ハルさんのビッグビジネスはほんとにビッグなんですね!!
シャンプーで綺麗になってよかったね♪ハルさん♪
フジウラさんのコメントの
ゆめちゃんが黄色いプーさんをズタズタに引き裂いたというのにも大爆笑してしまいました(笑)
□_ρ(▽`* )ポチッ♪
次も気になるのでも一つ□_ρ(▽`* )ポチッ♪
Posted by karu at 2007年07月27日 08:33
今、わたしの家の近所は牛臭い・・・

牛のビッグビジネスだらけでし・・・

住所的には都会な住所なのに、のに、西へ行くただそれだけで牛のにほひにあふれてる。おえ。

かなしいいいい!
磯のかほりと牛のかほり、たまねぎ臭、さあ、どれがいいでしょう・・・
Posted by はるりん at 2007年07月27日 12:12
とりあえず、我が家がラーメンを食べられるようになったことに乾杯!
ハルさん、ありがとう!
心おきなく、替え玉まで食しますわ。
ついでに明太子も食べときます。

いつかハルさん、ゆめちゃんが九州に遠征することがありましたら、是非声をかけて下さい。
ゆめちゃんにとって、どうやらダックス族は捕食対象のようですが健闘してみようと思います。
即座に玉砕だとは思いますが。

Posted by 珊瑚ママ at 2007年07月27日 22:02
はじめまして!ちわぴょんです。
この記事を読んで、「お前のかあちゃんデベソ」のところで、笑い死にました。

玉葱臭の方が、まだイイです。(チワワのプリンは、いつも、\djguodのかほりがします。)

インリンとかって、どうやって教えましたか?
教えてください!
Posted by ちわぴょん at 2007年07月28日 20:37
さすが敏腕キャリーウーマン、ハルさん。
最後の最後にビッグビジネス商談会に持って行くとは恐れ入りました。
次の合戦が楽しみでなりませんっ!


Posted by sakura at 2007年07月29日 15:06
★フジウラさん
ですね。訳分かりませんよね。
改めて読んでみると本当に虚構ばかりで我ながら呆れます。
もちろん、シャンプーなんてしてませんし。(いやほんとマジで)
特に何の小説に影響を受けたということはないんです。
Hさんのいうところの「ぐつぐつ煮込んだスープから取り出したもの」というところでしょうか。
もちろん、私のは劇的に不味いですけれど。
そして、あのビッグ・フンチョス。
私もあんなデカイの初めてみましたよ。
思わず、「違うんです!いつもは舞の海のように小ぶりなんです!!」とシャウトしかけましたが、何だか痛々しい空気が流れそうだったので思いとどまりました。
ところで、どうやらつーにゃんのアレの秘密は肥満犬用フードにありそうなことが分かってきました。
ダイエットのため消化吸収量が少ない→排泄量が多い→尻筋が鍛えられる→桃尻の完成(?)
という栄光への道筋が見えてきましたので、早速試してみたいと思います。
桃栗3年・・・・・・といいますので、3年後が楽しみでなりませんよ!
十中八九、ハルの身代わりとなって果てたと思われるプーさんには、お悔やみの言葉しか出てきません。合掌。

★karuさん
違う!違うんです!!
この日は溜め込んでいたから、フジウラさんのいうところの「ロングウィンナー」が出てきたのであって、普段は小悪魔系のキュートなブツなんですよ!
って言っても誰も信じてくれませんよね。
この日、シャンプーなんてしていないし。
果たしてハルというコーギーは存在しているのか?
そこから疑ってかかったほうがよいのかもしれません(←オイ)。

★はるりんさん
何だか悲痛な叫び声が聞こえてきましたが、その3択から選ばないといけないんでしょうか?
飼い主的にはたまねぎ臭ですが、ハルはどうなのか?
磯の香りは自分の体臭と似ているので安心するかもしれません。
牛の匂いは遥か昔に牛追いをしていた頃のDNAが騒ぐかもしれません。
でも、結論としては、牛を焼いた匂いですね!

★珊瑚ママさん
なんと?替え玉まで!?
でも、まあラーメン食べれるようになってよかったですね。
それもこれもハルのおかげ(←違う)。
ラーメンはいつになったら送ってきてくれるんでしょう?(そんなこと誰も言っていない)
九州遠征・・・・・・、いつか行ってみたいですね。
ゆめちゃん相手に奮闘するダックス族の姿はちょっと見てみたいような、見たくないような・・・・・・。

★ちわぴょんさん
はじめまして。
ん?文字化けしていて何のかほりか分かりませんが、チワワのプリンちゃんからは文字化けするほどの臭いが立ち昇っているのだと推察いたします。
インリンに関して私はノータッチなのでよく分かりませんが、相撲部屋の新弟子のように股割りをさせられていたハルの姿を視界の隅に捉えたことはあります。(実話)

★sakuraさん
つ、次の戦い!?
ハルは戦うことを宿命付けられた女戦士だとでもいうのですか!?
それならそれで別にいんですが(いいのか?)、次なる対戦相手をプロモートしていただけると助かります。
Posted by Y at 2007年07月30日 21:22
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