彼女は一体何をしているのであろうか?
お隣からイイ匂いが漂ってくるので、鼻をクンクンさせ、ヨダレを垂れ流しているのでは?
普段のハルさんを知る人は、すぐにそういう可能性に思い当たるだろう。
しかし、真実は異なる。
2軒の家のバルコニーを隔てる壁の隙間、そこには、食欲や物欲といった煩悩を超えた、とある愛の物語が横たわっているのである。
話は約一年前に遡る。
ハルさんを家に迎えて約一月になろうとしていたその頃、まだ最後のワクチンは終わっておらず、ハルさんの活動範囲といえば、家の中か、せいぜいバルコニーであった。
バルコニーで飼育することは当然、禁じられているので、ハルさんがバルコニーに出られるのは、飼い主が在宅中の時であり、それも殆ど休日に限られていた。
普段、家の中で暮らす、幼いハルさんにとって、バルコニーは別世界に思えただろう。
吹き抜ける風。青く広がる空。そして刺激的な外界の匂い。
好奇心旺盛のハルさんは、バルコニーの隅々を嗅ぎまわし、お隣のバルコニーを隔てる敷居の下の隙間から鼻先を突き出しては、探索に余念がなかった。
その様子を見た飼い主は、別に匂いを嗅いでいるだけだし、とバルコニーに出たハルさんを放置プレイしていたのだが、そんなある休日のこと。
ふと、バルコニーにいるはずのハルさんを呼んでみたのだが、全く反応がない。普段なら、「オヤツでもくれるの?」とばかりに寄ってくるはずなのに。
気になって、バルコニーのほうを見やってみると、そこには、あるはずのないもの、あってはいけないもの、が存在していた。
人間の腕である。
敷居の隙間から、まるで貞子のように伸ばされたその腕は、必死に何かを求めて蠢いていた。
ハルさんである。
驚いてバルコニーに出てみると、「オイデ、オイデ」という子供の声が聞こえてくる。
ハルさんも興奮して、伸ばされた手をペロペロ舐めたり、隙間に首を突っ込んでいる。
どうやら、敷居の隙間からはみ出ていたハルさんの鼻先を発見した隣の男の子が、敷居越しにハルさんとの交流を試みていたらしい。
こうして、休日ともなると、一人と一匹は壁越しに愛を交換するようになった。
まさに、ロミオとジュリエットである。
隣の男の子、ロミオくん(仮名)の行動はエスカレートしていき、ウチのバルコニーに、テニスボールや、縄跳びが散乱したりもした。
さすがに、二人をこのままにしていては可哀想だ、忍びない、という良識ある大人の意見が(お隣の奥様と)一致し、ハルさんとロミオくん(仮名)は、玄関先で、運命のご対面を果たすことになった。
ロミオくん(仮名)は持参品として、縄跳び(どうやって遊ぼうとしたのか未だに謎だ)とテニスボールを持ってきていた。素晴らしい。将来モテ系になる可能性を秘めている。
一方、ハルさんは裸一貫であった。これはこれで潔い。(←ポジティブ)
一緒に廊下を駆け回り(←本当は禁止されているのだが)、二人は甘いひと時を過ごした。だが、当時まだまだ幼犬のハルさん、オスワリやオテなど、子供が思いつく基本的な芸当は満足にこなせなかった。そんなハルさんにロミオくん(仮名)はちょっと残念なご様子であった。
さて、この逢瀬の後も、二人は壁越しに愛を交換していたようだが、なかなか顔を合わせる機会もなく、約一ヶ月の歳月が流れた。
この間、ハルさんは散歩デビューも果たし、オスワリやオテなどはほぼ完璧にマスターしつつあった。人間の年齢でいうと、小学生くらいにはなっていたろうか。
犬の成長は早い。
この頃には、愛しのロミオくん(仮名)と同じ年齢くらいには成長していたといえよう。
そんなある日、またしても壁越しの密会現場(右手)を目撃した飼い主は、成長したハルさんの姿をロミオくん(仮名)に見せてやるか、と思い立ち、玄関先での対面を打診してみた。
喜んで応じるロミオくん(仮名)。
そこで、マスターした芸を披露してみた。
「オスワリ」
「オテ」
難なくこなすハルさん。
試しにロミオくん(仮名)にコマンドをだしてもらったところ、ハルさんはちゃんと芸をするではないか。
(偉いぞ、ハルさん)
と心の中で思ったそのとき、ロミオくん(仮名)がハルさんに向かって声を張り上げた。
「成長したな、ハルちゃん!!」
(オマエもな!!)
と、ハルさんは心の中で叫んだに違いない。
きっとそうだ。
こうして、二人の関係は終わりを告げた(←大ウソ)
今でも、散歩の途中や玄関の前ですれ違うと、猛烈な愛情表現でロミオくん(仮名)に迫るハルさんである。
しかし、今では二人が壁越しに愛を交換する光景はみられなくなってしまった。
お互い、急速な成長期を生きている人と犬。
また、散歩の時にでも会えるかもしれない、とでも思っているのだろうか、かつてのような情熱は、そこにはない。
今でもハルさんはたまに敷居の隙間に首を突っ込んでいる時がある。
しかし、ロミオくん(仮名)を待っているにしては、時間が短すぎる。
ハルさんも、もう1才半。幼き日、ともに過ごした濃密な時間の残り香を味わっているのであろうか・・・・・・・。
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おいおい、ハルさんはまだまだ若犬なのに、何故三十路目線でセンチメンタルに浸っているんだ?と、ボスッと突っ込んでやってください。

それにしてもバルコニーの壁のしたから出てる腕。想像するとかなり怖いですね。
ちゃんと生きてる人でよかった・・・。
センチメンタルだわ〜。
ロミオ君もハルさんも、大人の階段を登ったのね。
少女だったといつの日か想うときがくるのね。
そのお手々を食いちぎらなくて良かったです、ほんとに。
でもはるちゃんがいい子だから良かったようなものの、ちょっと
怖い行為ではありますよねー。
かおりんさんのコメント・・・同年代の匂いがプンプンしますw
ハルさんにとっては、飼い主以外で初めて出会った人だったので、強烈な思い出なのでしょうねー。
肘まで露出した腕を見て、最初は、本当に貞子かと思ってしまいましたよ。
★かおりんさん
あう。タイトルを「初恋」にすればよかった。
「想い出がいっぱい」小学校の時に合唱した記憶がありますね。懐かしい。
ハルさんはガラスの階段ですってんころりんと転んでそうですが。
ハルさんは拍子抜けするくらい噛み癖のない仔犬だったので、その点は安心でした。
子供同士、何か通じるものがあったんでしょうかねー?
大人の階段のーぼーる♪
この短いフレーズだけで曲がすらすら歌えるのは幾つの人までなんでしょう。ちょっと気になる。