浅い眠りの中、彼女の中にほんの微か、澱のように残っていた犬としての本能が、‘くろくておおきいもの’の接近を告げていた。
遥か彼方、饂飩の国にあったはずの、その‘くろくておおきいもの’は、さしたる抵抗を受けることなく踊りの国を通過し、ついに海を越えたようだった。
今や、玉葱島の玉葱たちが次々に饂飩へとその姿を変えている。
時折吹く西からの風によって玉葱たちの悲鳴が耳に届く。
「玉葱たちを助けないと」
まだチョイ悪オヤジとして売り出す前のパンツェッタ・ジローラモから薫陶を受けたマンジャーレ(注1)の心がうずき、思わず立ち上がる。
何かが根本的にどうしようもなく間違っているような気がしたが、「さんまさん!さんまさん!」と叫ぶジローラモの笑顔がすぐにその思いをかき消した。
これまで幾多の危機を乗り越えてきた彼女にとっても、‘くろくておおきいもの’から感じる力は今までになく強かった。
でも大丈夫、いつもどおりやればきっと大丈夫、と朝ションをしながら自分に言い聞かせる。
オンナの闘いは、腕力じゃない。
鏡を見つめ、エビちゃんから教わった角度に口角を上げるトレーニングを続けながら彼女は勝利の鉄則を心に刻み込む。
この笑みを決して絶やさないこと。
そして、常に冷静さを失わないこと。

普段より早い朝食を摂り終える。
食後には朝ウンをすることが日課だ。
だが、オンナの第六感、あるいは戦士の直感がその行為を押し止めた。
ただの排泄物であっても何かの役に立つかもしれない。
なんといっても相手は‘くろくておおきいもの’なのだ。
そして彼女は開け放たれた扉から外に出た。
さぬきの夢2000(注2)が降り注ぐ玉葱島の方角を見つめ、決意を新たにする。
いつだって私は勝利者だった。
昨日までも、そして今日からも。
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(注1)イタリア語で「食」の意。
(注2)さぬきうどん用に讃岐で開発された小麦の品種
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この文章をMに見せたところ、すぐに今読んでいる小説がバレました。
(どんだけ影響受けやすいねん)
なお、全3回で終了予定です。
(どんだけ引っ張る気や)
そして、今日観た「アヒルと鴨のコインロッカー」は最高でした。