「ワンワン」のみならず「バフッ」とか「ゴフッ」という声もダメである。
そんな声が聞こえようものなら、夫のゴルアセンサーが即座に反応し、瞬時に砲弾が発射される。例外は認められない。

そんなハルさんだが、実は唯一、声を出すのを許される時がある。
それは朝、あるいは留守番後、ケージから出るときである。
人間でも起き抜けに体を伸ばして「ファ〜ォ」ということがある。
ハルさんもケージから出たときには、長い長い伸びとともに声を出す。
「クグルルゥゥゥゥアアァァ〜アォ」
1日2回だけ訪れるこの機会に、ハルさんは持てるすべてを絞り出している(ように見える)。
ハルさんとてコギ族である。
ほんとうはもっとワンワンワンワン言いたいに違いなく、それを飼い主の都合で我慢しているだけなのだ。
そう思うと、多少長くても(←かなり不自然だが)許そうという気になる。
このときばかりは夫自慢のゴルアセンサーも、スイッチが切られている。
しかしハルさん、まだ声を出すことを完全にあきらめたわけではないらしい。
この例外(ケージから出た直後の「クァ〜ォ」)を利用して、許容範囲を広げるつもりのようなのだ。
飼い主(夫)に似て、がんばりやさんなのである。
まずはタイミング。
ケージから出たとき以外でも、小さく「クァ〜ォ」といってみる。
そしてチラッと飼い主たちを見る。

夫、パソコンをいじっている。
妻、テレビを見ている。
これを何度か繰り返し、ハルさんはまず24時間「クァ〜ォ」ならオッケーという権利を手中にした。
次に声の強さ。
「クァ〜ォ」は「クァァァ〜ォ」になり、「クァァァ〜ォ」は「クグルァァァ〜ォ」になる。
徐々に声にドスが聞いてくる。ほんの少し、そう、都市の夜空にまたたく星の光のようにほんの僅か、吠え声に近くなる。
まだ飼い主たちは反応しない。
夫、カメラをいじっている。
妻、本を読んでいる。
このままハルさんはさらなる権利を獲得するかに見えた。
しかし、世の中はそれほど甘くはない。
ある日、いつものようにハルさんがふいに声を出す。
「グル……」
ゥゴル!今吠えたやろ!!アァ!?
ソファから飛び出してきた夫の剣幕にたじろぎ、ハルさん、聖域(ケージ)に逃げ込む。
おそらくハルさんは、今回も語尾に「……〜アォ」をつけて可愛くまとめるつもりだったに違いない。
しかし出だしが濁点付き(グ)だったため、ゴルアセンサーに感知されてしまう。
自信とともに気の緩みが生じたハルさん、痛恨のミスであった。
次からは出だしをもっとソフトにすればうまくいくんじゃね?と、
聖域(ケージ)でしょぼくれるハルさんに心の声で呼びかけてみたが、果たして届いたかどうか。
おそらく届いてはいないだろう。なにせ色々鈍い犬だから(←ひどい)。

こうしてハルさんのワンワン拡張大作戦は、あえなく失敗に終わったのである。
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夫いわく、「ハルは常に飼い主を試している」らしいです。
これからも、夫とハルさんの階級闘争は続いていくのでしょうか。
でも、夫を観察する限り、全く隙が見当たりません。
望みのない戦いを続けるハルさんに、「もういいからあきらめな」の引導クリックをお願いします。
