夫が飲み会だったので、珍しく私がハルさんを連れて駅へ行ったときのことだ。
このときは私とハルさんのほうが早く駅について、夫が階段から降りてくるのをのんびり待っていた。
電車が滑り込んでくる。
お迎え慣れしているハルさんは、そわそわと階段下へ行き、オスワリして歓迎準備に入る。
微妙な伸び具合のリードの先(←引っ張ると叱られるので寸止め)、背後からは見えないが、おそらくは満面の笑みをうかべていることだろう。
しばらくするとぞろぞろと人が降りてきた。オスワリしながらも首と体が伸びるハルさん。必死で夫を探している。
しかし、夫は姿を現さないまま、再び階段から人がいなくなった。
どうやらこの電車には乗っていなかったらしい。
がっくりと肩を落とすハルさんの背中に、いつもはない哀愁を感じたので、
「残念だったねー、ハルぅー」
と優しく慰めの言葉をかけようとしたところ、ズダダダダッと駆け戻って来たハルさんはこんな顔をしていた。
これは一体どういうことなのかしら、どうしてYは降りてこなかったのかしら、アタシたちはYを迎えに来たのではないのかしら、今のオスワリ無駄だったのかしら、アタシのオスワリはタダじゃないのよ、そんな安いオンナじゃないの、わかっているのかしら、ちょっと、M??
ハルさんの目ははっきりそう語っていた。
仕事から帰ってゴハンを食べさせ、おもちゃで遊び、散歩にまで連れ出した人間に対する目線がコレか?私が悪いのか?
どうせ夫はまた乗り過ごして、遠く新三田までランデブーしてんだチクショー(←ヤケクソ)。
と、心は叫んでいたのだが、そうこうしているウチに次の電車がホームに滑り込んでくる。
ハルさん、またしてもキレのある動きで歓迎準備(オスワリ)に入る。
切り替えの早いヤツだ。こういう女子とはお友達になりたくない。
しかし、ハルさんの願いもむなしく、今回の電車にも夫は乗っていなかった。
もしや本当に新三田へランデブーか?と不安がよぎったところへ、またしてもズダダダダッとハルさんが駆け戻って来た。
ちょっとどうなっているのかしら、これはお迎えという名の嫌がらせなのかしら、どうしてYは降りてこないのかしら、Mったら「また」道を間違えたのではないかしら、仏の顔が何回までがご存知なのかしら、また無駄にオスワリしちゃったじゃない、安いオンナじゃないって何度言えばわかるのかしら、ちょっと、M??
またしても愛犬に睨まれる飼い主。
夫を迎えに来ただけなのに、なぜこんな目に合わなくてはならないのか。
そんなわけで、すっかりうなだれる飼い主といきり立つ愛犬のもとに、3本目の電車が滑り込んできた。
今度こそ。
祈るような気持ちでハルさんと一緒に階段を見上げる。
果たして夫は帰ってきた。
階段の上にひょっこり現われた夫を見て心から安堵したのは、たぶん私の方であった。
これでようやくハルさんのジットリ目線から解放されると思いながら夫を眺めていると、階段上の夫がニヤリと笑った。
どうやら他人に紛れて、ハルさんを無視して通り過ぎるつもりのようだ。
先日の私の悲劇を目の当たりにしているのに、なかなか勇気ある行動である。
人ごみに紛れながら、夫は徐々に階段を下りてくる。
ハルさんは何度か誤爆(←この時点でもう色々ダメな気がする)しながらも、必死で夫を探している。
とうとう夫が最後の一段を降りた。
ハルさんを一瞥もせず、ただの仕事帰りのサラリーマンを見事に演じている。
それでもハルさんは、嬉しそうに夫の方へ一歩足を踏み出した。
さすがに明るい場所の至近距離、気づいてしまったかとションボリしかけたが、ここで突然ハルさんの動きが止まった。
ハルさんは、迷っていた。
明らかに目の前のただの仕事帰りのサラリーマンもどきを疑っているようなのだが、いつもと違う雰囲気に、次の一歩が踏み出せないで、しきりと首をかしげている。
どうする?どうするよ、ハル??
夫はまだ、駅の出口で妻の迎えを待つサラリーマンを演じ続けている。
つけてもいない時計を見るふりなんかして、なかなかのがんばり屋さんだ。
あの……M?あの人ものすごくYに似ている気がするんだけど、でもこっちを見てくれないのよ。違うのかしら。どうなのかしら。私、一体どうしたらいいのかしら……助けて欲しいな、M?(テヘ)
さっきまでのジットリ目線はウソのような、愛嬌いっぱいの笑顔でこちらを見てくるハルさん。
知らなぁ〜い。アタシ、わかんない。(テヘ)
タヌキのように執念深いA型なので、やられたことはやり返す心の狭い飼い主なのであった。
結局ハルさんはそのまま動くことができず、たまりかねた夫が、「ハルちゃ〜ん」と呼び寄せて、実験(?)は終了した。
やっぱりハルさんの識別能力は人以下だ。ニオイも気配もなにも感じず、その場のノリで人を識別している。なんてアバウトなんだ。犬のくせに。
とにかくこれで、ハルさんの飼い主に対する愛情への疑いは晴れたわけで、なんとなく安心した飼い主であった。
……って、ほんとうにこれでいいのか?
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なんだかんだでちょっとホッとしました。
それにしてもハルさん、犬として本当に大丈夫なんでしょうか……?
ハルさんがこれからも犬として立派に生きていけるよう、テチっとよろしくお願いします〜。



